よしやよし

種々雑感を五七五に出きれば

欠礼

syukusyuku

東北大学医学部勤務中は、1990年、恩師宇塚善郎先生が退官後は、第3内科の血液担当医は私一人でした。骨髄移植の主治医は、私一人で15年間、そのほかの患者も、何がしかの助けはあったものの、血液疾患の主治医は私一人でした(他大学ではどうなんだろう?)。時間は、細切れで、研究成果を公表するための論文作成の時間はとれませんでした。宮城学院女子大学赴任後、3年経過し、少し慣れたので、昨年は成果の好評に向けてデータ整理、文献書きを始めました。

昨年で終わらそうと努力したのですが、まだ道半ばで、昨年の続きが今年です。

来春には、年賀状が書けるよう、刻苦勉励する。

多くの賀状をいただきました。欠礼は、体調不良で弱ったからではありません。

研究に協力してくれた、私の患者への約束履行を優先させました。